2018年1月14日日曜日

【調査型/即興型×日・英ディベート交流】2018.01.13 ディベート教育国際研究会(ISTD)関東支部/CDS Project合同シンポジウム メモ

ディベート教育国際研究会/CDS Projectが合同で行っているシンポジウムですが、調査型/即興型、日本語×英語のディベートコミュニティの方が一同に会し、色々な議論が行われました。

今日は主なアジェンダとして、下記の3点が行われました。
① シドニー大学における組織論の基調講演
② 各コミュニティの代表者によるパネルディスカッション
③ 全体ディスカッション

(僭越ながら、②では英語即興型のコミュニティの観点からパネラーとして話してきました。)

総論として、ディスカッションは大変示唆深く、ディベート界がスタイル横断的に色々同じような課題に直面していたり、色々な工夫がなされていたりしている一方で、異なる固有の状況もあり、とても面白かったです。皆さんコミュニケーション能力も非常に高く、"ディベートのOSが入っている"人たちだけが集まると、傾聴や意見交換がこんなに楽しいのか、と思いました。

いくつか、備忘録として。

・が議論の内容、→がak_debateが思ったことになります。なお、下記の議論は当然のごとく網羅的ではないですが。

・世界の"最競校"ともいえるシドニー大学では、150人の部員をマネージするために、部の運営がかなり組織的に行われている。具体的には、部の貢献のポイント制・表彰制、女性のインクルージョン施策(女性専用の練習会など)が、専門の役職により協力に推進されている
→そもそも国内でも「どのような組織にしたいか?」から逆算して役職を見直したほうが良いのでは?(国内でも一部の部では「部長」「キャプテン制」が異なります。最近コミでもChief Innovation Officerという新役職を経験させて頂きましたが、この場合は"カイゼン"と"新規施策"のビルトインで有効だなと。ak_debateが提唱しているDebate Tournament Frameworkは、大会/部活/コミュニティビルディングにも通じるところがありそうだと思いました)

・シドニー大学では、色々な組織・制度により、「縦のつながり」「横のつながり」が実現され、それが「練習の質」にはねてきている。毎週社会人を含めたOBOGがレクチャーやジャッジで参加するなど、WUDC向けの練習が「WUDC SFレベル」だったりする。
→なぜこれができているのか、まで分析したいところですが、ak_debateは①縦のつながりを専門的に推進する人がおり、②それがレクチャーなどの制度に落ちてきていることが重要だなと思っています。また、単純にディベートだけのつながりではなく、ソーシャルな部分まである(ふらっと大会にきて飲んで帰る文化とかがある)のがミソかなと思っています。

・シドニー大学は総じて自分たちの強味を"principle/practical"両方、かなり細かいレベルで鋭く話すことができる分析力だと理解している
→競合であるヨーロッパ圏等を常に意識

・オーストラリアでは、多くの大会はスモールで行い、「選択と集中」が上手。普段の大会は20チーム規模で、タブも毎回同じ人で構成される"Expert Team"。運営者も3人くらいでまわす。案内等のホスピタリティは省き、参加も3日前まで可能、参加費の徴収も当日、提供ジャッジ不要。一方で、ランチ(タコス、ピザ)、ドリンク、スナックを配布、夜にはバー等で3000円クラスのパーティもある。10:00開始・18:00終了、その後はそのパーティという形で日本よりも"イベント"色が強い。この結果、運営側の負担を減らしながらも、参加のしやすさ・満足度をあげている
→大会の参加のしやすさ・運営のしやすさを両方追求するために、大会を小さくする、(参加者の数を目標やKPIにしない)のが一つ重要かなと。大きな大会はもちろん全国とかでやるのでそれが重要になるかと思いますが、普段の大会は小規模にしたほうが負担が少ないと思います。(Tokyo MiniはWUDC準備にコンセプトを特化し、最初は4部屋限定で、AdviserとしてかかわっているKK-Cup/K-Cup参加者「数」を最も重要視するKPIとはしておらず、参加者の満足度・ホスピタリティという「質」を重視)
一方で、案内はない、のように日本コミュニティでオーバークオリティになってそうな部分は一気に削減していくのもセットなのがいいなと。(=全方位的に全部やりがち。)
また、"ソーシャル"的側面がむしろ強いのでイベント的な楽しさがある。確かオーストラリアの別大会も3日間大会の2日目の午後から2ラウンドジャッジしてその後ソーシャルに参加して帰った、っていう人もいるとか。英語即興型は会場の都合もあるので大変ですが、ずっとラウンドやって1日が終わるイメージが強いと参加しづらいのではと思いました。(こちらも地方大会のほうが上手なイメージ。2009年の若葉杯は、R4の後に交流ということでお菓子とボードゲームが提供され交流があったり、KK-Cup/K-CupではCommunication Roundという、ディベーター/ジャッジがくまなく別の人と組んでディベートするというイノベーションが生まれています。詳細は)

・シドニー/オーストラリアがではジャッジ/大会運営者に対するリスペクトが相当に強い。(原因は要調査)。例えば、コミに対して大会のときに大きく拍手/recognitionがあるだけではなく、部のレベルでも「大会運営(特にTD等のコミ)」が「貢献」とされ、一定ポイントがたまると名前入りのワインや表彰までされる。トップディベーターも、「かみつく」ことは無く、初心者ジャッジに対しても熱心に耳を傾けることがあたりまえ。
Australs体験記でも書いた気がしますが、ジャッジの質がとにかくオーストラリアは高いです。ただそれだけではなく、そもそも参加者からのリスペクトが大きいとは思いました。この相互作用(ディベーターがジャッジやコミをリスペクトする→ジャッジやコミが増える、続けるのでレベルがあがっていく→ディベーター、ジャッジへのベネフィットも増える→ディベーターがジャッジやコミをリスペクトさらにする)が好循環だなと思いました。

・シドニー/オーストラリアでは、"噛みつき"だとか、他の人の"でぃすり"というような行為はほぼ行われず、"いけてない"というのが当たり前。
→これもなぜ?というところまで掘り下げたいですが、多くの人が実際コミを経験しているからというところがあるだとか、色々ありそうです。でも確かに、国際大会に私が招聘ジャッジとして参加するときも、ほぼ"噛みつかれた"ことはないです

・シドニーでは大学・中高を巻き込んだ教育制度が仕組化されている。中高の法人としてバイト代を学生に出し、大学は会場と昼食を提供している、分業体制が成立。コーチには相当な報酬が払われている
→早期教育がなされているのがいいなというのと、「エコシステム」的なのが素晴らしいなと。さらにいうと、マーケットメカニズムも重要だなと。

・調査型のトップディベーターのリサーチのアプローチは基礎理解→キーパーソン特定→アウトプット向けの深堀りという順番。まず論題の課題や周辺領域をぱっと読み、学者がどういう人たちがいるのか、その論理や派閥なども理解し、それを「こういう議論をつくりたい」と思いながらアウトプットへ。
→なんならコンサルティング業界の基本のようなアプローチがトップディベーターではされており素直にすごいなという感想。即興型もかなり参考になるし、私もこの方法で社会人になってIR等の知識は指数関数的に伸びました。効率的なリサーチ方法はuniversalだなと。

・調査型のトップディベーターは、ラウンドの後のディスカッション/フィードバックが長い。その後の食事・飲みの場でもひたすらに「この議論はこういう風にやったほうがむしろいい」「その証拠よりもこっちの証拠のほうがいい」のような情報共有やフィードバックが多くてどんどんブラッシュアップされていく
→今はあんまりお邪魔できていないのでわかっていませんが、創設時のWAD(早稲田大学)も確かラウンド後のディスカッションの時間が長かったのは特徴的。2010年代前半のICU(国際基督教大学)も、成蹊大学も、OBOGの方が1時間位かなり細かくフィードバックくれたことを覚えています。
フィードバック、ファシリテーションの技術は今後よりいっそう重要だなと。
もちろんそこでのインクルージョン(ディベート初心者、留学生や女性等、ディベート界においてマイノリティになりやすい人たち)とセットでしょうが、重要だなと。

教育ディベートの文脈に関連すると、フィードバックは必ず「その個別のラウンド」にとどまらないことが重要。一段抽象化して「こういうことを伝えたかったんだよね」というところまで踏み込むと大学や中高、社会人研修などの満足度があがる
→「三重のフィードバック」をak_debateは提唱しようと思います。「そのラウンド固有に関するフィードバック」「どのようなディベートでも使えるフィードバック」「ディベート外でも使えるフィードバック」が大事かなと。今後深堀りします。

・ディベーターは、調査型・即興型、日本語・英語にかかわらず、「反論=人格否定ではない」という前提が共有されており、できていない点を指摘されることは苦ではない。ただし、非ディベーターは必ずしもそのような前提を持っていないので、社会人になった際などは気を付けることが有効。特に「相手の一番言いたいこと」を理解しないとディベートでは負けてしまうため傾聴力・理解力は実は高いというところがあるので、いかに伝えるかだけ、人によって変えることが大事
→私もコンサルティング業界にいるのでディスカッションや、アサーション(ここは違うと思うと、何なら執行役員に対して主張すること)は当然よしとされているのですが、それでも、ディベーターと話すときとは話し方は当然のごとく違います。相手が考えていることを引き出したり、こういう観点だったらこれと一緒に合わせ技にできますねというような建設的なブラッシュアップをするのはもちろんですが、相手の話のこういうところがいいと思ったところをよりしっかりと言うことですとか、言い方としても「こういう風にしたほうがよりよくなるかもしれない」「私の理解が追い付いていないのですがもしかしてこういうことですか?」「そのメッセージだと、お客さんがこうお話してくるなと思っていて、その際ってどうすればいいですかね・・・?」のように手を変え品を変えて、ソフトにしている部分もあります。勿論私もまだまだなので、だし結構自分のリサーチなどに自信をもって話してしまうこともあるので日々かえって反省しているのですが、「伝え方」はずっと精進しないとなと。とはいえ、一般論としてディベーターは「伝え方」を工夫するとより能力が生かせそうだなと。

・調査型・即興型に共通して、教育論として、「守破離」すなわち最初は限界がありながらも型を教えOR特定の型を模倣、そしてその型を超えていくということが大事。前半は先人の知恵もたくさんあるのでちゃんと教えたほうがいい
特に外資系企業はこれが強い。マーケティング系大手だと「誰でも60点がとれる」ようにいわゆるセグメンテーション、4Pと言われるようなマーケティングのフレームワークを最初は教え込む。もちろんその限界は多々あるが、最初はそれ。
教えるほうは実は型をすでに破っているので型を教えることの心理的抵抗感があったり、型を批判するタイプのディベーターの"イキリ"や"プライド"が邪魔することは、後輩ディベーターにとっては不幸。型は最初はちゃんと教え、そのやぶりかたのコツ(自分の強み、弱み起点の競争戦略や、他分野からの"輸入"等)までシャイにならずに発信するのが良いのでは。
結局のところ、調査型でいうディベートの議論の三要素だったり、即興型でいうSQ, AP, ImpactやTriple Aは色々限界もありますが、やっぱり最初は教えたほうが総じて皆さん伸びやすい。
→ここはかなり示唆深かったです。ak_debateとしても過去に「どうすれば、上手くなれるのか? -"成長エンジンの設計方法"-」という内容を書いており、東大全体練習会でもレクチャーしておりますが、示唆として「守」はもっとまず大事にしようかなと。そしてこの上記の記事はどちらかというと「破・離」の話なんだなという整理ができてすごくすっきりしました。
即興型の文脈でも、Monashは(最近弱くなっているとはいえ)安定的に強いのは1st Principleがどの人にも共有されていることでしょう。(AustralsでMonash 11?くらいにあたったときに、彼らは1st Principle起点でプレパしていました。普通に強かったです。)

・調査型では、社会人もディベート大会の運営に本気でかかわる。そこで、コミに金銭的に報えないこともあり、社会人が今思っているのは「コミに対する唯一の報酬」はプロジェクト遂行能力だと捉え、プロジェクトワークの動き方等をかなり細かくブリーフィングし、説明し、習得できるようにしている。なんなら、企業のインターンも別に学生を成長させることが最大の目的ではないことを鑑みると、むしろそこよりもレベルが高い可能性すらある。(なお、プロジェクト運営のような大学の授業もニーズはとても強い。)
→ak_debateの理念とも合致しました。私もかけだしですし、ペーペーなので全然仕事はまだまだできませんが、「即興型ディベート(英語/日本語両方)に関して、競技者にとどまらず、審査員・部の運営者/コーチ・大会運営者・教育の観点からも幅広く考察し、オリジナルの分析・教育理論の提唱・提言を行っています。」というのはトップページにある通りです。また、UTDSも運営能力がとても高いレジェンダリーなMr.Xにより発展してきましたが、その方とやることの教育効果も大きかったと私も思っています。
なお、上記の議論はコミに対する金銭的リワードを与えるべきではない、という論調では当然ないです、念のため。


・調査型・即興型でも「伸びるな」と思うのは、大会運営/ディベートどちらでも「いい上司」(「いいパートナー」)と組むこと。なお、仕事でもそう。
→これはじゃあどうするのかという風になると即興型でいうPro-Am Tournament(経験者と非経験者が組む大会)とかが増えることとかなのかもしれません。


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